4コマ漫画60『「命を守る」だけでなく、「生きる」を支える、、、リハビリを。』
先日、がん末期の方のリハビリを担当した。
介入した当初から、決して状態が良いとは言えない方だった。
徐々に体力は低下し、積極的な治療を続けることも難しくなり、いよいよ緩和ケアへ、という段階となった。
骨転移もあり、血液データも良くない。
その頃主治医からも、
「この状態でリハビリをすることは、果たしてどうなのか」
「本当に必要なのか」
そんな話が出るようになった。
一方で、ご本人はとても「生きる」という意思の強い方だった。
少しでも痛みを和らげたい。
少しでも身体を楽にしたい。
そして、リハビリを続けたい。
その気持ちは最後まで変わらなかった。
私自身も、その希望にはできる限り応えたいと思っていた。
でも、本当に、、、正直に言えば、
怖かった。。。
これが本当に、この方のためになっているのだろうか。
リハビリをすることで、逆に身体へ負担をかけてしまうのではないか。
日に日に身体が弱っていくのを目の当たりにし、
「死」が少しずつ近づいていることも感じる。
訪問するたびに迷う。
昔、むかし、病院に勤務していた頃のことを思い出す。
排痰を目的としたリハビリを行っていた時、突然意識がなくなり、私の目の前で急変、気管挿管となる経験をした。
あまりにも突然のことで、驚きと、「どうしたらいいんだろう」という気持ちでいっぱいでワタワタするしかない私。
その時、先輩は
「いい経験になったね」
と声をかけてくれた。
この経験を次の患者さんに繋げなさい。
そんな励ましだった。
あれからたくさんの方に関わってきた。
そして経験を重ねれば重ねるほど、
不安を払拭するわけでもなく、、
身体を動かすことにもリスクがある。
離床することにもリスクがある。
そして、終末期であれば、そのリスクはより大きくなる。
それでも、リハビリがその人にとって得られるものがあるとすれば、
私はどこまで関わるべきなのだろう。そういう気持ちになった。
この方にとって、今リハビリをすることは、本当にプラスになっているのだろうか?
終末期のリハビリには、疼痛緩和や呼吸苦の軽減、拘縮予防、安楽な姿勢の調整など、さまざまな目的がある。
もちろん、それは頭では分かっている。
でも、それだけでは納得できない気持ちもあり。。。
何かもう一つ、
「この状態でもリハビリを続ける意味」
を探していた。
今は便利な時代だ。
インターネットを開けば、同じような経験をした医療者の経験や、さまざまな文献に触れることができる。
答えを探す私、、、
そこで出会った考え方が、
「本人にとってのベネフィット(価値)が、リスクを上回るか」
というものだった。
そして、もう一つ
「命を守るだけでなく、生きるを支える。」
終末期だから、危険なことは何もしない。
それだけが「その人を守る」ということではないのかもしれない。
痛みが少し楽になること。
身体に触れてもらって安心すること。
「今日もリハビリができた」と思えること。
そして、
「自分はまだ、生きようとしている。」
その気持ちを誰かが受け止めること。
それもまた、リハビリの役割なのかもしれない。
リスクがあることを分かった上で、それでも関わる。
その意味は、身体機能を良くすることだけではなく、
その人が最後まで「自分らしく生きようとすること」を支えることにあるのではないか??
ただ、
「これが答えだ」
と思えたかというと、そうでもなく、
答えが出たような。。。
出なかったような。。。
そんな気持ちのまま、
その方は亡くなった。
今でも、
あの時のリハビリは本当に良かったのか?
もっと違う関わり方があったのではないか?
そう考える。
たぶん、完璧な答えが出ることはない。
経験を積めば迷わなくなる?
いや違う。
いろいろな患者さん、利用者さんと出会い、
いろいろな人生や価値観を知ったからこそ、
「本当にこれでいいのか」
と迷うことが増える。
目の前の人にとっての「利益」と「リスク」を考え続ける。
そして、
「この人は、今、何を大切にして生きたいのか」
命を延ばすことだけが、リハビリではない。
できることを増やすことだけが、リハビリでもない。
改めて、リハビリについて、そして「生きることを支える」とは何かを考える機会と、多くの気づきをいただいた。
ご一緒できた時間は決して長くはなかったが、私にとって、とても貴重で、そして何より楽しいリハビリの時間だった。
関わらせていただいたこと、そして大切なことを教えていただいたことに、心から感謝する。
2026.09.10








